スタンス思案

2011年01月15日



ここはなにか猫にとってシアワセな場所だとでも思われているのだろうか。



そんな幻想をまき散らしたり、助長しているのだろうか、このブログは。



あまりに腹立たしくて、情けなくて、報告する気にもなれなかったことはといえば、



暮れにまた、ここに猫が捨てられていたことだ。



しかも、立て続けに2匹。



いけないのは猫を捨てる人だとわかっていても、



片棒担いでいるような気分がどうしても拭いきれない。
posted by まるこめ at 19:37 | Comment(10) | タメトモ
この記事へのコメント
赤ちゃんポスト、連想してしまいました。すいません。
捨て猫ちゃんたちにとって、最悪の結果ではないと思いますが。
無責任な立場でスイマセン。
Posted by さっぽろ at 2011年01月15日 20:59
逆も考えられませんか?
このブログをみて猫を飼いたいと思っている人が
連れてかえる・・・そんな効果だってあるはずです。
また、連れて帰らないまでも世話してくる方々だって
増えてるかもしれません。
私はマルコメさんのブログをみて少し元気をもらってます。
Posted by とよはし at 2011年01月15日 21:28
私も、とよはしさんと同意見です。
まるこめさんのブログが、「捨て猫」などの悲しい現実を助長しているとは思えません。
むしろ、その生きざまから猫たちが教えてくれる事や、個性豊かなその一匹一匹のすばらしさを、まるこめさんの素敵な感性あふれるブログを通して、私は受け取って元気をもらっています。
捨て猫をする人はブログとは関係なく、するんです。
Posted by ねこやしき at 2011年01月16日 11:42
何かを伝えようとするときに、どうすればよいのか?

現状の悲惨なところを取り上げるやり方もあるでしょうが、
そういう愚行をする人たちにも、猫たちの素晴らしさ、可愛らしさ、
おちゃめなところを、これでもかと伝え続ける、
そんなやり方もあると思います。

僕はまるこめさんのやり方が好きです。

でもここを見て、それでも猫を捨てる人がいるなんてとても信じられません!
Posted by TAKA at 2011年01月16日 12:01
このブログを見てここに捨ててるのではないと思います。
なぜならそもそも猫を捨てるような人は猫ブログなど見ないと思うのです。
そういうヒトにこそ、この現実を見て欲しいと思うのですが
見てくれないがために逆に伝わっていないのが現状だと思います。
まるこめさんは片棒を担いではいないのですよ…。
Posted by ぴこ at 2011年01月16日 16:16
愚痴めいた話におつきあいいただき、どうもありがとうございます。
新たな捨て猫を前にボランティアの方が途方に暮れておられるのを見るにつけ、
ここにそれを呼び込んでしまったのは自分かもしれないという思いが離れません。
申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいます。
そんな思いは、このようなブログを続けていく限り、おそらくついて回るのでしょう。
言い換えれば、このブログを続けたいのであれば、そうした思いに負けない強い信念を持つべきなのでしょう。
ですが、時々自信をなくします。疑念だらけになったりします。弱音を吐いたりもきっとします。
そんな時、叱咤していただければ幸いです。
みなさんのおかげでぼくの猫撮りも、このブログも続いています。どうもありがとうございます。
今回はまとコメで失礼させていただきます。
Posted by まるこめ at 2011年01月16日 23:34
こんにちわ。
私もぴこさんのお話に同意します。

私はいつもまるこめさんのブログに
海岸の猫ちゃん達に元気をもらってますよ。。。
Posted by みや at 2011年01月17日 13:16
そんな声に支えられて、ここももうすぐ6年めに突入です。
癒しや元気を猫から与えてもらうだけでなく、
お返しもちゃんとできるようにならないとな! と思う今日この頃です。
どうもありがとうございます。
Posted by まるこめ at 2011年01月17日 14:40
私がまるこめさんのブログに惹かれるのは、確かに癒しも元気ももらえる
けれども、その暖かさと同時に一抹の寂しさや理不尽なことへの静かな憤
りが根底に流れていると感じているからです。
楽しいこともそうでないことも、緩いことも酷なことも、みーんなひっく
るめて、それが生きていくということだと猫達はまるこめさんのカメラを
通して教えてくれていると、私は思っているのです。
猫達の姿は、私達の人生そのものです。
Posted by ぷにぷに at 2011年01月18日 12:00
どうもありがとうございます。
でも、酷なことをぼくはほとんど伝えていません。
それは自分の胸ひとつに納めておくことだ、そういうのはヨソサマに任せておけばいい、
というような気分がぼくにはあって、それが猫の楽園的な雰囲気につながり、
ここなら捨てても大丈夫、みたいな感じで捨て猫を呼び込んでいるんじゃないかと、
時々そんな思いにとらわれるわけです。
もっと淡々と、猫のようにあるがままを黙って受入れるべきかとも思うのですが。
Posted by まるこめ at 2011年01月18日 15:52
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